INSPIRYが雑誌<自販機販売Views>に連載-コード決済の誕生および応用 自販機キャッシュレス化へ(2)

東南アジアのモバイル決済の現状

 アジアの主要国は、そのほとんどが東南アジア地域に集中しています。これらの国は近い宗教信仰、文化背景、言語習慣が存在する一方、多様な民族が暮らし、異なる政治背景を有しています。各国の物価水準や一人当たりの国民所得にも大きな隔たりがあります。これらの国の中には、アジアの経済先進国の1つであるシンガポールもあれば、物価水準も経済水準も低いミャンマーやネパールもあり、世界第二の人口大国であるインドもあります。これら東南アジアの国では、中国が二次元コード決済を成し遂げたのを見ると、たちどころに各国政府および金融・小売業を中心に中国のモバイル決済方式を手本にし、導入検討をはじめました。一部の国は、中国のAlipayの技術をそのまま導入しました。こうして短期間のうちに多数の二次元コード決済ブランドが出現し、さまざまな小売のシーンで広範に渡り導入されるようになりました。

 なぜこれらの国では、二次元コードという全く新しい決済方式が急速に採用されたのでしょう。主な理由は2つあります。1つは偽札の氾濫、窃盗、不衛生などといった日本にはほぼ存在しない外的要因によるものです。みなさんも海外旅行中にこのような経験があり、ガイドから忠告を受けたことがあるのではないでしょうか。これらの国の人々は、自国にいても同じような問題に直面しているのです。もう一つは、既に二次元コードは情報システムやインフラ産業に導入されていました。

 情報密度が高い二次元コードはマーケティングの効果を上げるとともに、二次元コード決済により中小の小売店では毎日の閉店後のわずらわしい現金売上の集計を減らしました。さらに、現金を銀行に預ける手間を省き、現金を所持するリスクを減らすことができ、そのため経営者に高く評価されました。

 二次元コード決済は東南アジア地域で急成長し、とりわけシンガポールとインドにおいて成功を収めました。マクロ的には国の指導者に重視され、ミクロ的には金融事業者が市場シェア拡大のため大きな投資を実施し、大々的に普及させた結果です。インドのモディ首相とシンガポールのリー・シェンロン首相は、いずれもキャッシュレス決済を賞賛し、各種活動や演説の中で、中国のモバイル決済が成功したことを褒め称え、自国政府および市場に中国の経験を見習い、手本とするよう激励したことがありました。その後、両国の金融事業者はAlipayとWeChat Payのプロモーション手法を模倣し、インセンティブ、チケット、ボーナスなどの一連のキャンペーンを行い、小売・サービス業と消費者の利用を促したのです。

インドネシアのKFCの二次元コード決済(SmartBox)

 前回のコラムで取り上げた、二次元コード関連の技術の研究に専念するINSPIRYグループは、中国で二次元コード決済が普及するプロセスにおいて、CPM方式による革新的な決済手段を開発しました。また、Alipayが東南アジア市場を開拓するのに伴い、2018年にINSPIRYは、東南アジアのビジネスを統括するためシンガポールに支社を設置しました。

 当初、中国でのヒット商品(SmartBox:POSシステムに接続するスキャナー)をそのまま東南アジアに出荷しましたが、思うように売上が伸びず、異国の市場の厳しさを思い知らされました。

 現地の事業者や消費者に適する商品開発のため、綿密なリサーチを実施しました。国によっては中国に比べマーケット環境が大きく異なります。都市部でも大手小売チェーン店の比率が少なく、多くは個人経営の小売店であり、POSシステムもインターネット利用環境もありませんでした。そのため、CPM方式は導入できずにMPM方式が中心となりました。しかし、MPM方式では、小売店は二次元コード決済で代金を受け取った後、毎回スマートフォンで入金状況を確認するなど、手順が複雑で二次元コード決済のメリットが活かせませんでした。また、熱帯・亜熱帯地域であるインドは、一年中高温で、しかも雨期は降水量が多いため、電源接続が必要な機器は湿気を帯びやすく、電源障害が発生すると機器が使えなくなることもわかりました。

 上記の課題を解決するため、5か月近くの時間をかけ、現地で二次元コード決済の利便性を享受するため、新たな商品として「Paytm SoundBox」を発売しました。この二次元コード決済端末はきわめてシンプルに見えますが、実際には「防水」、「大音量」、「長時間バッテリー稼働」、「マルチ言語対応」などの特性をそなえています。東南アジアの朝市や街角の小規模小売店、とりわけ広げた板の上や、三輪自動車を利用し商売をする行商人にとっては特に実用的なものです。「Paytm SoundBox」は常時充電している必要がなく、また決済後に音声による入金通知機能がありますので、安心して使うことができます。

 優れた製品を生み出すには、1つまた1つと課題をクリアしなければなりません。「防水」:地域的に湿度が高いため、直接的には濡れないが、製品に悪影響を与えるため。「大音量」:販売環境が、屋外で騒音が大きく聞こえにくいため。「長時間バッテリー稼働」:移動販売では電源がなく、また、充電する環境がないため。「マルチ言語対応」:一つの国でも、複数民族・複数言語が存在するため。

小規模小売店が使用している「Paytm SoundBox」製品

 「Paytm SoundBox」は、独自のMPM方式を採用した二次元コード決済端末です。これは中国におけるINSPIRYの企業理念とは異なりますが、インドをはじめとする東南アジア市場の環境に適合し、小売業と消費者に安全で便利な決済サービスを提供するため、思考を180°転換しました。こうして考案された製品は、発売されるやいなや、大きな反響を得たのです。二年間で200万台が出荷され、市場の隅々まで行きわたっています。「Paytm SoundBox」の新しくて便利な二次元コード決済は、インドにおいて大いに注目され、モディ首相はビデオ通話を使って行商人とコミュニケーションをとり、使用状況をリサーチしたほどです。

インドのモディ首相がビデオ通話で行商人に二次元コード決済の使用状況をリサーチ

 今回の東南アジア市場での成功を通じ、現状に固執することなく、利用者にフォーカスし、異なる国の異なる市場に適した製品を開発することの重要性をいっそう強く意識しました。これはINSPIRYが日本市場に参入して日本の特性に適した製品を作り出すための貴重な経験にもなりました。アジアで最も進んだ国である「日本」において、どのように製品とサービス提供するのでしょうか。(続き)